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悲劇の王妃マリー・アントワネットを癒した「家族の刺繍」の物語

2:娘にも受け継がれた「家族の思い出」

 アントワネットの死後、娘の王女マリー・テレーズも、母から学んだ刺繍を生涯、続けていたと言われています。家族全員を革命で失い、たった一人遺されて幽閉されているときも、遠い異国に亡命している時にも、刺繍を続けていたそう。

 さらに、家族の死後、塔の中でたった一人で過ごした2年間は、限りなく孤独な日々でした。2年もの間、誰とも話すことがなかったせいで、言葉の発音もできなくなってしまっていたとか…。国王の処刑後、母や叔母の死も知らされず、弟の安否もわからない状態…家族の安否も知らされず、だれとも会話すらできない2年間の生活が、15歳の多感な少女にとって、どれほど残酷なものだったか…。想像するだけでもつらくなってしまいますね・・・。

 タンプル塔のマリーテレーズの部屋の壁には、縫い針やはさみを使って、こんな言葉が刻み込まれていたそうです。

『マリーテレーズは世界で一番不幸です。母の情報も教えてもらえず、まして一緒にいることはできないのです』と…。

 

 

タンプル塔から解放された1795年頃のマリー・テレーズ(17歳)

 タンプル塔でのマリーテレーズは、多くの時間を刺繍や編み物をして過ごしていたと伝えられています。無心で針を動かすことで辛い思いを紛らわせたり、暗く陰気な部屋を手作りの美しい品々で飾ることで、わずかでも希望と喜びを見出そうとしていたのかもしれませんね。

 1995年12月、母アントワネットの祖国・オーストリアとの人質交換で、マリーテレーズはタンプル塔から解放されます。母の実家のハプスブルグ家にかくまわれたり、王政復古でパリに戻ることのできた時期もあったのですが、ナポレオン戦争や7月革命によって、結局、オーストリアからもフランスからも離れざるをえませんでした。

 フランスの政変に振り回され続け、プラハ、ロシア領ラトビア、ポーランド、イギリス、イタリア…と亡命を繰り返し、とうとう、祖国に安住することはかなわなかったマリー。

 そんなつらい亡命生活の間にも、刺繍はずっと続けていて、晩年には刺繍をチャリティーで販売して貧しい人達に寄付をしていたという逸話も残っています。もしかしたら、刺繍をしながら誰にも言えない気持ちを癒やし、あたたかな家族の思い出を懐かしんでいたのかもしれませんね。

 愛する家族も祖国さえも失ったマリーテレーズにとって、刺繍は唯一、家族の思い出につながることのできるもの・・・母や叔母から教えてもらった家族に伝わる技術であり、どんな厳しい境遇に置かれていても、美しいものを愛で、作り出す心と感性を失わないという王女としての誇りの象徴でもあったのかもしれません。

<ハッピーライフの処方箋>マリー・アントワネットからのメッセージ

「どんな境遇に置かれていても、『美しさを見いだし、美しさを作り出す』ことを、どうか忘れないで・・・。

たとえ、つらく苦しい時にも、あなたの手から生み出された美は、きっとあなたを癒やしてくれることでしょう。」

<あとがき>

さて、アントワネットを癒やした手芸の効果って、具体的にはどんなものだったのでしょうか?なんだか気になりませんか?私もものすごく気になって調べてみました。

 なんと、手芸が心を癒やしてくれたり、喜びをもたらすことは、科学的に証明されていて、実際に医療や介護の現場でも使われているんですって!

 私も「手芸は趣味として楽しむものだ」と思っていました。ところが、アントワネットのように孤独を感じていたり、不安な時や落ち込んでいる時には、癒やしや元気を与えてくれるそう。

 なかなか外に出られず、不安や孤独を感じる多いコロナ禍の今、私も手芸にいそしんでいます。一心に針を動かしていると、確かに気持ちが落ち着いたり、トキメキが沸いてきたりして、癒やし効果をものすごく実感しています♪

こちらの記事では、「手芸をすることで得られる嬉しい5つの効果」と、今すぐにでも始められる「おうちレッスンサイト」について、まとめてみました♪こちらも読んでいただけたら、とても嬉しいです!

 しばらくは、スッキリしない状況が続きそうですが、孤独や不安な気持ちを手芸で癒やしたアントワネットのように、この機会に手芸をはじめてみてもいいかもしれませんね♪

現役外科医、元報道記者の「プリンセスの歴史マニア」。 歴史上のプリンセスの人生を通して「女性がハッピーに生きる知恵」を発信中。

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