• HOME
  • BLOG
  • NEW
  • アフターヌーンティーとヴィクトリア女王―紅茶がつないだ「大切な人」との絆-

アフターヌーンティーとヴィクトリア女王―紅茶がつないだ「大切な人」との絆-

 日本でもすっかりおなじみの「アフターヌーンティー」。

おいしい紅茶とおしゃれなケーキスタンドに乗せられたスイーツやスコーン、サンドイッチ・・・最高にときめくシチュエーションで、友人たちと楽しむティータイムは本当に素敵なひとときですよね♪

 そもそも、アフターヌーンティーは19世紀イギリスの上流階級の間で始まった習慣でした。お金も地位もある「上流階級だけのお楽しみ」だったアフターヌーンティーが、広く庶民にまで広がり、今のように世界中に広まったのは一体なぜなのでしょうか?

そこには、19世紀に大英帝国の繁栄を築き上げたヴィクトリア女王が大きく関わっていたのです。

今回は、ロマンティックなヴィクトリア朝時代のアフターヌーンティ事情や、ティータイムが大好きだったヴィクトリア女王のお気に入りスイーツについてのお話です。

1:「家庭」を愛したヴィクトリア女王

 60年あまりもの長きにわたって、大英帝国に君臨したヴィクトリア女王。

彼女の治世の間に、産業や貿易が発展し、イギリスは世界中に植民地を持つ世界で一番豊かな大国になりました。この豊かな時代は「ヴィクトリア朝時代」と呼ばれ、様々な芸術が花開いたロマンチックな時代でもありますよね。

 イギリス最大の繁栄をもたらしたヴィクトリア朝時代でしたが、ロマンチックな治世のイメージとは裏腹に、彼女自身はとても寂しい幼少期を過ごした女性でした。

イギリス国王ジョージ三世の四男、ケント公爵とドイツ人の母との間に生まれたビクトリアは本来は、王冠とは無縁の人生を歩むはずでした。

ところが、跡継ぎの権利を持った国王の3人の王子は、結局、正式な王位継承権を持った子供に恵まれませんでした。さらに、父のケント公爵もビクトリアがまだ8ヶ月の時に亡くなってしまいます。こうして、ビクトリアはわずか8ヶ月にして、たった一人の王位継承者となってしまったのです。

 王位継承者を、異国の地でたった一人で育てなくてはいけなくなったケント公爵夫人でしたが、イギリス王室の人たちとの折り合いがとても悪く、宮廷から孤立し、とうとう、居城のケンジントン宮殿に引きこもってしまいます。

ビクトリアは物心がついた頃から、世間から隔絶されて、母一人子一人で生活をしていましたが、特に若い頃は母との確執があったと伝えられています。

王室一家からのプレッシャーも感じていたケント公爵夫人は、ビクトリアを誰にも文句をつけられないような立派な女王に育てようと、とても厳しく教育しました。また、心配のあまり、娘の生活にかなりの干渉をしていたそうで、ビクトリアは自由に好きなことなどできない抑圧された環境に置かれていました。

幼い頃のビクトリアは、常に行動を監視され、お茶を飲んだり、おやつを楽しんだり、友人を作ることさえ禁じられたと言います・・・。家族とのあたたかな団らんや友人と遊ぶ楽しさも知らない、とても、とても孤独な少女時代を過ごしたのですね・・・。

幼いヴィクトリアを抱く母・ケント公爵夫人。

 その後、伯父の国王ウィリアム4世が亡くなり、ビクトリアは1837年に18歳という若さで女王として即位します。そして、その2年後の1839年に従兄弟にあたるドイツの小国の王子・アルバートと結婚。

花嫁衣装姿のヴィクトリア。
女王の結婚式をきっかけに、純白のウェディングドレスが定番になったとか・・・。
美男子として有名だった夫・アルバート(結婚した年の肖像)
アイドルかモデルのようなスーパーイケメンさんです♪

 当時としては珍しく、相思相愛の恋愛結婚だった2人は、それはそれは仲の良いおしどり夫婦でした。ビクトリアと同じく、家庭環境に恵まれなかったアルバートは、妻のビクトリアと子供たちを何よりも大切にし、2人は家族の時間をとても大切にしたと言います。

仲睦まじい女王夫妻の家庭生活は、新聞や雑誌で広く報じられ、当時のイギリス国民の模範となりました。クリスマスを祝う習慣や家族で休暇を楽しむ習慣など、今では当たり前となった家族の楽しみも、実は2人が広めたものなんですよ!


2:アフターヌーンティーの始まり

 アフターヌーンティーは、1840年代にヴィクトリア女王の女官だったベッドフォード公爵夫人が始めた、と伝えられています。当時は、産業革命によってランプが一般に普及するようになったため、人々が夜遅くまで活動するようにり、夕食が9時過ぎという遅い時間になってしまっていたそう。

 お昼から夕ご飯までの間が9-10時間・・・夕方前には、どうじてもお腹が空いてしまいますよね・・・。

ベッドフォード公爵夫人も空腹に耐えかねて、紅茶とバターつきパンを居室に持った来させて空腹をしのいだそう。これが、アフターヌーンティーの習慣の始まりと言われています。

ベッドフォード公爵夫人アンナ・マリア。
ヴィクトリア女王の古くからの友人でもありました。

 やがて、公爵夫人は、午後のティータイムに友人たちも招くようになり、ビスケットやショートブレッド、ケーキなどのお菓子を、お茶やトーストと一緒に楽しむようになったそう。

 ちなみに、余談ですが、ティースイーツの定番・スコーンがアフターヌーンティに加わるのは、もう少し先の時代・・・19世紀末頃だったと言われています。晩年のビクトリア女王もスコーンが大好きだったそうですよ♪

 こうして、ベッドフォード公爵夫人の「アフターヌーンティー」は評判となり、少しずつ上流階級の間で広まっていきます。そんな中、1859年にヴィクトリア女王夫妻が公爵夫人の居城を訪問します。

 ヴィクトリア女王はこのときのアフターヌーンティーをとても、とても喜んだと言われています。そして、このお茶会をきっかけに、階級を超えて広く国民にもアフターヌーンティーを奨励したそうです。

 女王としての初めての命令が、「お茶を持ってきて下さらない?それから、ゆっくりとお茶を楽しむ時間も下さいな」だったと言われているビクトリア。

幼い頃に、「お茶とお菓子は体に悪い」と母から禁じられていた反動からか、生涯、紅茶とティースイーツには目がなかったとか。また、ビクトリアは、家族でアフターヌーンティーを楽しんだり、ティーパーティーを開いたりしていたそう。子供たちを連れて、屋外でのピクニックにも良く出かけていたそうですよ♪

娘たち2人と屋外でアフターヌーンティーを楽しむ晩年のヴィクトリア(画面右端)

 孤独な少女時代を過ごしたビクトリアにとって、友人や家族と楽しくおしゃべりしながらお茶とお菓子を楽しむアフターヌーンティーは、大切な人たちとの絆を紡ぐかけがえのない時間だったのかもしれません。

 自分だけでなく、広く国民にも、そんな幸せな経験を分け与えたかったのかもしれませんね。

続きを読む
1 / 2

現役外科医、元報道記者の「プリンセスの歴史マニア」。 歴史上のプリンセスの人生を通して「女性がハッピーに生きる知恵」を発信中。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。