• HOME
  • BLOG
  • NEW
  • 苦難のマリー・アントワネットを支えた「王妃の品格」とは?

苦難のマリー・アントワネットを支えた「王妃の品格」とは?

 フランス革命に散った最後のフランス王妃、マリー・アントワネット・・・今も世界中で愛されているプリンセスの一人です。

栄華を誇った華やかな前半生とは裏腹に、フランス革命が起こってから処刑されるまでの彼女の晩年は、苦難が次々と降りかかるとても悲劇的なものでした。

ところが、悲劇の最中にあっても、彼女は凜として運命に立ち向かい続け、王妃としての誇りと威厳を失うことなく、断頭台の露と消えます。

 普通の精神状態であれば、とても耐えられないような仕打ちを受け続け、過酷な運命に翻弄され続けたアントワネット。そんな中で、萎えそうになる気力を幾度も奮い立たせ、威厳を保つことができたのは、一体なぜなのでしょうか?

 その秘密を知るべく様々な文献を読み解く中で、見えてきた答え・・・それは、アントワネットが身につけていた類い希なる「王妃の品格」

つまり、「王妃としてのあり方・立ち居振る舞い」こそが、彼女の気力と威厳を支え、全てを失ってもなお、彼女を守る大きな盾となっていたのです。

今回は、アントワネットの最期を支えた、気品ある立ち居振る舞いの秘密や晩年のエピソードをひもときます。

1:アントワネットの「王妃の品格」の秘密とは?

 マリー・アントワネットは、1755年にオーストリア・ハプスブルク家の女帝マリア・テレジアの末娘として生まれました。フランスと並ぶ大帝国の王女として、何不自由なく育ったアントワネットはバレエやダンスが大好きな、天真爛漫な女の子でした。 

バレエを踊る幼い日のアントワネットこ
の頃から立ち居振る舞いの美しさは兄弟一だったとか

 当時のヨーロッパの上流階級では、バレエのレッスンを通じて、子女たちに美しい姿勢や優雅な立ち居振る舞い、気品のある歩き方を身につけさせていました。 その中でも、アントワネットは特別、バレエが上手で、兄弟たちに比べても立ち居振る舞いがとても美しかったそう・・・。

 その成果もあって、14歳でフランスに王太子妃としてお輿入れしてきた際には、アントワネットの姿勢、歩き方、お辞儀など・・・あらゆる立ち居振る舞いがすばらしく美しい!と、ベルサイユでも大変な評判となりました。

 後に、王妃となった際には、さらにその美しさは磨き上げられ、「王妃が動けば、まさに優雅の化身」と評されたほどでした。

王太子妃時代のアントワネット
デコルテは開かれ、背筋や首も美しく伸びた理想的な美姿勢です

 

 なかでも、歩き方の美しさと優美なお辞儀は、宮廷人たちの賞賛を集めました。また、アントワネットは、出会った人にあたたかい優しさを自然に示す人だったそう。それが優雅な立ち居振る舞いとあいまって、不思議なカリスマ性を醸し出していたようです。

アントワネットに直接会って、その優雅な気品と優しいたたずまいを見た人は、皆、たちまち彼女のファンになってしまったといいます。

王妃様はあらゆるフランス女性の中でも、誰よりも優雅に歩かれる方でした。

頭をしゃんと上げ、威厳を持って歩かれるお姿は、宮廷人に囲まれていても、

すぐに見分けることができました。

けれども、その威厳のために、

柔らかで優しい面差しが損なわれることはないのです

王妃の肖像画家、ヴィジェ・ルブラン

王妃様ほど、

優雅なお辞儀をする方はいなかった。

お辞儀を一回するだけで、10人の人に会釈され、

表情や眼差しでそれぞれにふさわしい対応をされるのだ

王妃の小姓、アレクサンドル・ド・ティリー

 「地に足がついていないかのように軽やかな足運びで、まるで滑るようにベルサイユ宮殿の床の上を歩いていた」・・・とも評されたアントワネット。ところが、ベルサイユでの平和な日々はフランス革命によって、永遠に失われてしまったのでした・・・。

続きを読む
1 / 2

現役外科医、元報道記者の「プリンセスの歴史マニア」。 歴史上のプリンセスの人生を通して「女性がハッピーに生きる知恵」を発信中。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。